2011年04月30日

震災と食の安全

今回の震災で,最も痛感したのは,物流の有り難さだった。

前のエントリーでも述べたが,地震被害の比較的軽かった私の住む地域でも,本震後しばらくは食料品を始めとする物資の全てがほとんど購入できなかった。
震災の大きさから,誰しもが,いつ物流が復旧するのか見当つかず,掴み所のない不安を抱え,パニック寸前まで精神的に追いやられたと思う。かく言う私自身,そのような心境だった。
私は当初,大手スーパーマーケットやコンビニエンスストアから営業再開するのではと思っていた。それは,そうした企業の方が,震災の影響のない或いは少ない地域から物資を融通しやすく,迅速な営業再開に繋がると思ったからだった。
しかし,実際は違っていた。本震から数日後に青果市場が再開し,まず営業再開始めたのは昔ながらの小規模小売店だった。前後して,地元スーパーマーケットが店内販売を始めた(これが本震から約1週間後)。その次に大手スーパーマーケットが店内販売を再開し,その頃にコンビニエンスストアの一部でも,取扱いアイテムは少ないながらも店内販売を始めた。最も遅かったのは,大規模店や百貨店だった。
これは,自治体との災害協定の関係もあったかもしれない。
(地元スーパーも自治体と災害協定を結んでいたと思うが・・・。)

いつ物流が再開するか分からない中のどことなく緊迫感のある雰囲気,極端な言い方をすればいつ暴動が起きてもおかしくない雰囲気,そうした状況が地震被害の少なかった地域にもあり,その対応も必要だったように思う。
2~3日で物流が回復する見込みがあればあまり慌てないかもしれないが,先が見通せない中で人はどれだけ冷静に対処できるのか,閉店した店舗の空の商品棚を見るたびに漠然とした絶望を感じつつ,考えたものだった。
そして近くのスーパーマーケットが再開したときに感じた物資を入手できる喜び,(量的に)安心して食べることの出来る喜び,これは実際に体験しなければ決して理解できないだろう。

私の自宅地域には,ほ場整備完了地区があり,またインショップ型農産物直売所を運営している農業者グループが存在する。
本震後,近傍の農業者が,臨時の農産物直売所等を設置して販売した様子はなかった。
「地産地消」の謳い文句の一つに,「消費者と産地間の距離の短縮」や「農林水産物の安定的な供給の確保」というものがあったはずだが,今回の震災ではこれらは機能しなかったようだ。
避難所によっては,近傍の農業者から農産物の提供があったようだが,前のエントリーでも取り上げた自宅避難者に対しては関係のない話だった。
当然ながら農業者も被災しており,無理な要望はできない。

今回の震災で改めて,食品は「どこで生産されたか」ではなく「どのように流通されるか」が重要,ということを実感した。
最近,被災地を応援しようと報道で東北物産を購入しようという話題が取り上げられているが,こうした動きからも,「地産地消」は食の安全とは別の次元にあり,産業振興の一手段であることが分かる。

今回の震災で,食の安全は第一に量の確保(食事が摂れるかどうか)であり次に栄養のバランスということを,身をもって痛感した。
この記事へのコメント
政権の情けなさに比べて力強い!

特に、民間の力、現場の力が際だっていると思います。
被災された方も、本当に不条理を抱えながら、なんとか立ち上がろうと、
されています。
それに比べて、中央の政治屋さんたちは・・・。
必要な措置すら、いまだ第1次補正予算と法律一つですから。
わたしも復興の手助けを自分が出来ることから取り組んでいきたいと
思います。

私たちも価値観の変わり目にさしかかってる気がします。
東洋の発想で、自然に寄り添い、ものを大切にしていく、
昔の日本的、東洋的な自然共生型に向かって行く、そう感じています。
そして東洋的な発想といえば、陰陽五行をもとに、生年月日を分析して、
宿命や運命を知ることが出来る、東洋史観があります。
http://www.birthday-energy.co.jp/
の「運命2011」が分かりやすいのでおすすめ。
いまなら義援金になるそうですよ。
Posted by あきお at 2011年05月03日 22:15
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