2011年05月01日

父のことなど

私の父のことが,みなみらんぼうオフィシャルサイトの「らんぼうの俳句ノート・山ノート8」とBBS「みなみらんぼう みんなの広場」(記事No.72,74)に取り上げられた。

私の父は数年の闘病生活の末,2011年1月10日逝去した。
実家の母から父が危ないと連絡を受け,その日のうちに家族で帰郷した。父の意識がしっかりしているうちに会うことはできたが,息を引き取るまでの数日間は意識の朦朧とした状態が続き,最後は眠るように逝った。そして,初七日まで済ませて自宅に戻ってきた。

20年以上実家と遠く離れて暮らしており,普段の生活に戻ると,父が亡くなった事実が曖昧にさえなっていた。日常生活の中で不意に父が亡くなったことを思い出し,また実家と連絡を取るときに父の話になったときなど,やはり父は亡くなってしまったんだなと,思い出すというより自分に言い聞かせる感じだった。
実家の母からは,四十九日は帰ってこなくてよい,百か日にらんぼうさんが来てくれるそうだからその時に帰ってこいと言われ,その予定にしていたが,東北地方太平洋沖地震が発生し,結局帰郷できなかった。

父の死を未だ受け入れられない中で,東北地方太平洋沖地震を体験した。自宅から数km先で,乳幼児から高齢者まで多くの人々が津波で死んでいくのを目の当たりにし,その事実を父の死と併せて考えた。自らの死期を感じながら生き・死んだ父と,予期せぬ津波に瞬く間に飲まれ,死んでしまった多くの人々。生きること・死ぬことは何なのか,ますます分からなくなってしまった。また,私の敬愛する宮沢賢治が最後まで探求したとされる「ほんとうの幸福」とは一体何なのだろうか,そんなことをずっと考えている。
答えはまだ見つからない。
出題好きな父が最後に私に課した,大きな宿題のようにも思える。

そんな中,食中毒で幼い男児が2名死亡するという悲しい出来事が起きてしまった。男児2児は我が家のウッシーと同年代であり,決して他人事とは思えない。


改めて,亡くなった人々の冥福を祈りたい。
posted by itoh at 22:50| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | 更新情報をチェックする

2010年11月04日

(自分用メモ)サイレントマジョリティとノイジーマイノリティ

Wikipediaより引用。

サイレントマジョリティ(Silent Majority)
「物言わぬ多数派」,「静かな多数派」という意味。
積極的な発言行為をしないが大多数である勢力のこと。
1969年,ニクソン大統領が演説に用いてからは「発言はしないが現体制を支持している多数派」というニュアンスで用いられるようになった。

ノイジーマイノリティ(Noisy Minority)
「声高な少数派」を意味し,サイレント・マジョリティの対義語とされる。
「うるさい」・「騒々しい」といった旨が語源であり,主張に理論的あるいは道義的裏付けが乏しく「声の大きさ」に任せて騒ぐだけの少数者を指し,批判的な意味合いが強い。
ラウド・マイノリティとも言われる。
posted by itoh at 20:28| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | 更新情報をチェックする

2010年07月03日

<業務連絡>「タンボとハタケと/ウェブリブログ」をクローズしました

こちら(Seesaaブログ)開設前のblog「タンボとハタケと/ウェブリブログ」を解約し,クローズしました。

ウェブリブログは,機能面等,一番使いやすかったのですが,広告強制表示の強化に伴い,こちら(Seesaaブログ)に移ってきましたが,一年経ったこともあり,ウェブリブログとは完全に縁切りしました。
posted by itoh at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | 更新情報をチェックする

2009年12月31日

99ブルース

今年一年,政治を始め,様々な動きがあった。
この一年程,佐野元春氏の「99ブルース」の次のフレーズが,何度も思い出された年はなかったかもしれない。

全ては Money
この街は Funny
いつもなやませる
大切なキャッシュカード、クレジットカード
永遠に夢は買えない
得意気な顔した
この街のリーダー
シナリオのチェックに忙しい
ユーモアもない
真実もない
フェイクしたスマイルはとても淋しい
フェイクしたスタイルはとても淋しい

この街のルール
この国のルール
家庭のルール
教室のルール
一つの形じゃ踊れない
このままじゃ はみだしてしまいそうさ
posted by itoh at 12:47| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | 更新情報をチェックする

2008年08月02日

1990年8月2日

18年前の今日,故フセイン政権下のイラクが,クウェートに侵攻した。
現在でも,その余波は終わっていない。
これは,1990年8月2日を忘れないためのメモ。


<参考リンク>
湾岸戦争(Wikipedia)
posted by itoh at 21:10| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | 更新情報をチェックする