2011年04月03日

2000年前の津波

今回の東北地方太平洋沖地震による津波被害を目の当たりした時,真っ先に思い出したのが,仙台市沓形遺跡(弥生時代中期)の津波堆積物である。
私の勉強不足で約1100年前の貞観津波の事は知らなかったが,多賀城市市川橋遺跡で水害痕跡が確認されていることをは知っており,これが貞観津波によるものらしい。

仙台市教育委員会ウェブサイトに,沓形遺跡発掘調査現地説明会資料が掲載されている。
私は沓形遺跡の発掘現場で,水田遺構と津波堆積物を実見させていただいたことがある。
現説資料にもあるように,現海岸線から約4km西側に沓形遺跡は立地し,3列の浜堤列があるとはいえ,海岸から比較的フラットな地形(標高2.3~3.0m)となっている。
遺跡形成時の海岸線は,現在より約2km西側にあったと推定されている。

国土地理院ウェブサイト「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に関する情報提供」では,震災後の航空写真等が掲載されている。
また,株式会社パスコウェブサイト「2011年3月 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に関する情報」では,津波による推定湛水範囲が掲載されている。
これらの資料を見ると,沓形遺跡以西まで津波が届いていることが分かる。
沓形遺跡周辺は,東接する仙台東部道路が堤防となって湛水していないが,約1.5km南では海岸線から5km以西まで推定湛水範囲が及んでいるし,国土地理院の航空写真でも明らかに湛水している。


沓形遺跡まで大規模な津波が来たことを想像するのは容易な立地条件だったし,現在同規模の津波が来たら恐ろしいことになる,とは感じていた。
それが現実となってしまったことに,唯々呆然としている。

2011年03月26日

東北地方太平洋沖地震を体験

2011年3月11日午後2時46分,東北地方太平洋沖地震を体験した。
私は,自宅が宮城県仙台近郊,職場は仙台市にある。
地震・津波発生時は職場にいた。
それまで体験した最も大きな地震は2008年岩手・宮城内陸地震地震の震度5強だが,今回の地震はそれまでの地震とは大きく違った。今回私の職場のある地域では震度6弱だったが,震度だけでは決して伝えられない,それ以上のものだった。

私と私の家族は無事で,仙台空港西端から西に直線距離で5km弱の高台にある自宅も大きな被害はなかった。

しかし,宮城県内を始め,太平洋沿岸部は,地震と津波で壊滅的な被害を受けた。
宮城県内の市町のうち,山元町,亘理町,岩沼市,名取市,仙台市,多賀城市,松島町,東松島市,石巻市,南三陸町,気仙沼市は,私が公私いずれかで生活した或いは通った市町だ。
報道やウェブの情報を見ると,私がよく利用した道路やお世話になった方の自宅のあった場所が,津波や地震後の火事ですっかり無くなったところがある。また,何度となく利用した駅やお店も,津波で無くなってしまったところがある。
そして,集落や街が,すっかり無くなってしまったところがある。
人口のうちの半数と連絡が取れない自治体がある。

私の自宅のある地域の状況は,次の感じ。
・ 地震後数日で電気と水道が回復した。
・ 都市ガスも,再開の目処が立った。
・ 小売店も,営業時間を短縮しつつも毎日営業するようになってきている。
・ ガソリンスタンドは一部しか営業しておらず,早朝から数kmの車の列で,購入量に制限があり,仕事をしている私などは,とても給油できる状況にない。
・ 下水道の最終処理場が地震と津波で全壊し,一部でマンホールから下水がオーバーフローしている。
・ 物資によっては,いまだ店頭に並ばない品もある。
・ ガソリンがうまく流通していない影響で,物流が大きく滞っている。
・ 毎日,数十回の余震,大きいときは震度4や5の余震が続いている。
・ 路線バスは復旧見込みなし。
・ JRのうち,私が利用する区間は,4月上旬に再開見込み。
これでも,沿岸部の地域の被災地から見れば,かなり恵まれている環境だ。


(地震後の通信障害で,自宅PCからインターネットに接続できない状態が続いている。)